Making Baby in America (MBA留学日記)復活版

10年前の自分の日記にツッコミを入れるという企画です
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2000年11月12日 Case Competition その3 波乱の巻

(次の文章は10年前に私がMBA留学日記としてHPに掲載していたものです。10年前の自分にツッコミをいれるという企画です(笑))

またもや、アメリカ人のチームメイト同士がけんかをしました。私がミーティング・ルームに戻るとすでに大喧嘩の最中だったので、原因等はあとで中国人のチームメイト(仮にテッドと呼びましょう)から聞きました。

原因はいたってたわいのないものです。このケースコンペでは、プレゼンの他に12ページほどのレポートの提出も要求されています。そのペーパーを誰が書くかでもめたのです。ロースクールとジョイント・ディグリーの若いジェフ(仮名:24歳)がペーパーを担当するか、それともローカルテレビ局勤務などさまざまなことをやっていてよくバックグランドが分らないマイク(仮名:多分26歳くらい)が担当するかでもめたのでした。

でもお互いが書きたいと言ってるくらいですから、まあ随分と前向きなけんかとも言えます。ジェフは勤務経験がなく、ビジネススクールに来るくらいですから、なかなか頭が切れる男です。一方のマイクは普段は無口ですが、一本気の男で少々短気なところがあります。テッドによると若いジェフがこんなことをマイクに言ったらしいのです。「マイク、言っちゃ悪いけど、文章を書くのがどちらが上手いかなんて明白だろ。俺がまとめたチームのペーパーは平均点以上だったけど、マイクがまとめたときは平均点以下だったじゃないか。得意なヤツが担当して、チームとして最高のものを提出するのは当たり前だろ。」といままでの宿題の結果を持ち出したらしいのです。

これにはさすがのマイクもぶちきれて、その場にいたアメリカ人の女性(仮名ナンシー)とテッドも思わず、マイクの味方についたそうです。なんだかんだあって、結局マイクが担当することになったのでした。正直いって、私としては心情的にはマイク、実際はジェフにやってもらった方がベターだとはその時思ったのでした。このことが最後になって、思わぬ展開をもたらすことになろうとはその時は思っても見なかったのでした。

(10年後の自分のツッコミ)

え~、どうなったんだっけ?それにしても、いろいろありすぎですね(笑)

っていうか、最近更新を怠っていて申し訳ございませんでした。ツイッターを始めたばかりだったんでそちらにかまけてました。すみませんでした。

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2000年11月11日 Case Competition その2 (10年前の日記)

(次の文章は10年前に私がMBA留学日記としてHPに掲載していたものです。10年前の自分にツッコミをいれるという企画です(笑))

今回のケース(18ページ)にはどういうことが書かれているかといいますと、1.朝鮮人参ならびにマーケットについて 2.朝鮮人参のサプライチェーンについて、3. 会社の概要、4.CEOを始めとするマネジメント層の経歴、5. 会社の事業哲学、6. 香港の朝鮮人参マーケット、7. 中国のマーケットについて−北京、上海、江州、8. 朝鮮人参の流通について、9. 中国の都市の消費傾向について、10. 競争相手の企業について、11. 価格について、等々です。

最終的に我々は中国のどの都市に、どういう商品、価格、流通形態、宣伝方法で進出するのか、マーケットシェアをどの程度伸ばせることができるのか、売上、利益はどれくらいか、投資必要額はいくらか、企業買収、事業提携が必要か、うまくいかなかった場合にどういう代替案があるのか等々を検討する必要があります。

これらを検討する情報(含む計数)がケースの中にすべて含まれているとは限りません。ですから限られた情報の中からいかにベストというかベターな決断をくだすことができるかが問われているということでしょう。通常、このようなケースに取り組む場合、様々なフレームワーク(骨組み)の中からどうようなものを選択するかというところが出発点になります。

まず、企業を取り巻く環境を分析するにあたっては、ハーバードビジネススクール教授マイケル・ポーターが考案したFive Forces Analysisというフレームワークをつかって分析します。これは市場の状況を次の5つの角度から分析するというものです。/卦競合参入の脅威、代替品参入の脅威、9愼者との力関係、で柴業者との力関係、ゴ存企業との力関係といったこれらの5つの要素が市場に影響を及ぼす力と考えられています。

市場が魅力的であれば、新規企業が参入してくる可能性があり、それによってマーケットの競争の程度は変化する可能性があります。朝鮮人参に対して、ビタミンCなどの代替品参入についても検討する必要があります。また、顧客(購入者)の力関係が強いと価格や品質に対する要求がアップする可能性もあります。原材料などの納入業者との力関係についても検討する必要があります(今回のケースでは当社が朝鮮人参を栽培していることから、納入業者に該当するものはなし)。

また、現在の市場の競合状況を分析する必要もあります。最近ではこの5 Forcesではカバーできない要因があることが言われています。たとえば、中国のマーケットに参入する際に無視できないPoritical、cultural、Legal Facorなどはこのフレームワークではもれてしまいますから注意が必要です。また、企業戦略、マーケティング戦略をたてる際にはSWOT分析などを使います。これは企業の強み(Strength)、弱み(Weaknesses)、ビジネスチャンス(Opportunities)、市場に参入した場合の脅威(Threats)という項目を分析するというものです。

これは、通常、ビジネスの意思決定の際にブレーンストーミング的に使われることが多いようです。その他、マーケティング・ミックスの4Ps(Product,Price,Promotion,Place)を使い、いかに競合他社との差別化を図っていくかも検討することになります。加えて、Financeの観点から、投資プロジェクトの現在価値、損益分岐点分析、Capital Budgeting(投資プロジェクトに優先順位をつけるプロセス)等々も分析する必要があります。とにかく、やるべきことは山のようにあるように思え、どれから手をつけていいかわからず途方にくれたのでした。

(10年後の自分のツッコミ)

もう1回このケースやりたい。今だったら、もうちょいましな提案できるのに。

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2000年11月10日 Case Competition その1 大失敗の巻 (10年前の日記)

(次の文章は10年前に私がMBA留学日記としてHPに掲載していたものです。10年前の自分にツッコミをいれるという企画です(笑))

ここIndianaでは1年生の11月と2月にケース・コンペティッションが行われます。このケース・コンペティションでは、企業戦略のプレゼンテーションならびに質疑応答を各チームが教授の前で行い、その提案内容の質を競いあうのです。今年はカナダのトップスクールであるIveyのケースが使われました。Chai-na-ta Corporation.というカナダにある朝鮮人参の大手栽培業者の中国進出に関する戦略を策定するというものです。

9日の夜にいっせいに各チームにケースの内容が配られました。金、土、日の週末3日と月、火(授業は休み)の5日間を使い、戦略策定を行い、提案書をつくり、プレゼンの準備を行います。水曜日のプレゼン第一ラウンドではクラス16チームの中から4チームが勝ち残り、木曜日の第二ラウンドではその4チームでトップを競い合うといった内容になっています。

もちろん、成績に大きく関係していて、第二ラウンドにまでいったチームには自動的にAマイナス以上の成績がつくことになっています。また、特にアメリカ人やここアメリカで働こうと思っている外国人にとっては、ケース・コンペティッションで1位になることは、レジュメ(履歴書)に書けることが増えるということからも大変重要です。そのため、超気合いが入っている人もいます。

そろそろお題に移りましょう。またもや(?)大失敗をしでかしてしまいました。昨日遅くに帰ってきた私はケースが配られるインフォメーション・セッションに参加することが出来ませんでした。そこで、早速チームメイトに電話してケースの内容と今後の予定について聞きました。その後、なんともなしにケースの会社のホームページを見てしまったのです。これはこのケース・コンペティッションでは重大なルール違反です。

つまり、各チームを同じ情報、同じ条件のもとで競うあわせるため、外部の情報を一切使ってはいけないというのがルールだったのです。情けないことに、そのことを今朝のチームミーティングで知りました(ちなみにプレゼンの当日、「チームの人間が外部の情報を使うなどのルール違反を行ってはいない」という宣誓書に各人がサインすることになっています)。

結局、チームで相談した結果、教授に事実を報告することになりました。教授(あのIdie Kesner)は「前例のないことので、なんともいいようがない。Chairperson(学部長)と相談するから、見た内容をすべてメールしてください。そのまま、チームミーティングに参加はしてもいいけど、一切みた内容は他のチームメイトに話さないように。月曜日には返事ができると思う。」なんてことを言われてしまいました。

えらい、おおごとになってしまいました。その時ふと思ったのは、正直に報告するなんて馬鹿だったんじゃないか、私がみたことはチームしか知らないんだから、黙っていてくれればわからないのに、ということでした。でもよく考えるとこれって、会社ぐるみで不正を隠すことと全く同じ思考ですよね。チームしか知らないからいいとかという問題ではなく、まさにルールを違反したという事実が問題であるわけです。

かつて、同僚が、ある会社が会社ぐるみで不正を隠蔽していたという新聞記事に関して、「神を信じる国民とそうでない国民とでは善悪の基準が違うと思う。日本人は、他人がどう思うかを善悪のものさしにする傾向がある。だからこそ、人がみていなければ、悪いことでも隠してしまおうという考えが出てくるんじゃないか。」と言っていたことを思い出しました。今回、チームメイトからは本当に貴重なことを教わったような気がします。

(10年後の自分のツッコミ)

ほんとネタには事欠かないという感じですね(笑) ところで、悪いことを隠すというのは、神を信じる、信じないではないですよね。

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2000年11月9日 ニューヨーク その2

(次の文章は10年前に私がMBA留学日記としてHPに掲載していたものです。10年前の自分にツッコミをいれるという企画です(笑))

朝の10時から面接でした。面接の行われるホテルまで、有名ブランド店が建ち並ぶ5番街を歩きました。とにかく、人の歩くスピードが速いのに驚きました。信号はまず無視します(笑)。でもニューヨークの5番街って言ったって、日本の銀座だって全然見劣りしないなと思いました。その事を友人に話したら、東京の方がニューヨークよりずっと規模は大きいと言っていました。言われてみれば、東京には銀座もあれば、新宿も渋谷も池袋もありますもんね。彼も私と同じく、日本好きの人間です。

それはそうと、面接はあるホテルの一室で行われました。在日のトップの人との面接でした。当然、英語でしたが、非常にリラックスした雰囲気をつくって下さる人だったので本当にやりやすかったです。幸運にもその場でサマージョブのオファーをもらうことができました。

お昼はまた友人に会い、めんくい亭というラーメン屋に連れて行ってもらいました。その後はひとりでロックフェラーセンターにあるスケートリンク(大きなクリスマスツリーが飾られることで有名)や紀伊国屋書店、グランド・セントラル駅(ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープ出演の映画”恋におちて”で有名)などをプラプラし、そのまま空港に戻りました。

1泊2日の短い旅でしたが、ニューヨークの雰囲気をちょっと味わうには十分でした。家に着くなり、旅の余韻を楽しむ余裕もなく、来週のケース・コンペティッションの準備にとりかかりました。今週末は休みがありません。

(10年後の自分のツッコミ)

考えてみれば、あの9.11が起こる前の年だったんですよね。

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2000年11月8日 ニューヨーク (10年前の日記)

(次の文章は10年前に私がMBA留学日記としてHPに掲載していたものです。10年前の自分にツッコミをいれるという企画です(笑))

シカゴの次はニューヨークです。某外資系銀行の面接に呼ばれたのです。こんどはもちろん、車ではありません。航空券とホテルは会社の方で用意してくれましたので非常にラクでした。午前中の授業が終わるとすぐにインディアナポリス空港(約1時間)まで、車を走らせ、飛行機で約2時間くらいかかったでしょうか。

飛行機から、夜空に浮かぶニューヨークの摩天楼を眺めたときはさすがに感動しました。なんていったって初めてのニューヨークです。早速、ニューヨークに駐在している学生時代の友人と会い、懐かしの居酒屋に連れて行ってもらいました。おでんやら、冷奴やら日本酒やらを頼みまくり、久し振りの日本の味を堪能したのでした。

ニューヨークの街は、ごちゃごちゃしたところが本当に東京そっくりでした。ここマンハッタンは日本でいうと世田谷区くらいの大きさらしいのですが、そこにこれでもかというほどの高層ビルがたちならんでいます。物価は東京なみで、友人が住んでいるマンハッタンの1LDKのマンションは月間3000ドルだそうです。Bloomingtonだったら、プール、テニスコート付の豪邸にすめそうです。

ちなみに彼の子供はあのロバート・デ・ニーロの子供と同じ幼稚園に通っているそうです。前回の父兄会にロバート・デ・ニーロが来たらしく、参加しなかった私の友人は非常に悔しがっていました。それでも、週2日(1日2時間)で月550ドルの授業料には驚きました。

彼はニューヨークに住んで4年くらいになるのですが、ときどきカルフォルニアに出張に行くと空が広いことに驚くそうです。言われてみると、ここマンハッタンでは空が見えません(ちょっとオーバーですか?)。本当はニューヨークのナイト・ライフをもっと堪能したかったのですが、明日は面接です。今日は大人しく帰りました。

(10年後の自分のツッコミ)

そうかニューヨークにも行ったことがあったんだ。全く忘れてました(笑)

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2000年11月6日 シカゴ (10年前の日記)

(次の文章は10年前に私がMBA留学日記としてHPに掲載していたものです。10年前の自分にツッコミをいれるという企画です(笑))

今日は午前中の授業が終わるとすぐ、シカゴにむけて車を走らせました。某外資系コンサルティング会社のレセプションに顔をだすためです。車は前日にレンタカーをかりておきました。飛行機ですと約1時間ですから飛行機で行けばいいようなものですが、おもわず車で行ってみることを思い立ってしまったのでした。思い立ったら後先考えないところは私の悪い癖です。

途中からは雨も激しく降り出す最悪の天候でした。シカゴまでひたすら4時間半の道のり。まっすぐな道を100キロ以上で走らせるというのも結構疲れるものなんですね。途中では鹿が轢かれて死んでいるのを初めてみました。

シカゴではハイウェイを降りるところを間違えてしまい、こんなところで車が故障したら、いっかんの終わりといったやばい地域に行き着いてしまいました。車が青で走っているのに平気で道を横切るヤツがいて、一度はひきそうになり、生きた心地がしませんでした。あたりは暗くなってきますし、シアーズタワーが見えたときは、ホッとしました。

「土地勘がないところへ車で一人で行くなんて馬鹿なことはやめよう。もう学生じゃないんだし。」とふと頭をかすめましたが、よく考えると学生なんでした。レセプション自体は非常に楽しいものでした。最初の45分ほど会社説明があり、後半2時間ほど食事をしながら、話をするといった感じでした。

このコンサルティング会社はもともとITに強い会社で知られていましたが、いまでは戦略部門に力を入れており、今日はその戦略グループのMBA学生を対象にしたリクルーティングでした。俗にいう戦略系コンサルティングファームのような高飛車なイメージ(?)はありませんでしたが、それでも言葉の端々に戦略のコンサルティングを自分たちはやっているという自信とプライドはちらちらと覗えました。

実際にファームにいる人たちの経歴をみてもわかりますが、コンサルというのは学歴が一流でかつ能力がある人たちをリクルーティングしようとしているのは間違えありません。一流大学を卒業し、一流企業の勤務経験があり、一流ビジネススクールのMBAをもっている人たちの中でもできるだけ優秀な人材が欲しいという雰囲気がプンプンしていました。

以下はこのファームのパートナーの方が言った話です〜コンサルというのは「サービスを提供して、その場でお金をもらう」というビジネスです。当然のことながら、在庫を抱える必要もありませんし、貸し倒れのリスクもまずありません。ところが、一方でコンサルを行った企業の業績がいくらよくなったところで我々にはあまりうまみがありません。これからも永続的に我々が成長していくためにはある程度のリスクをとっていかなくてはいけない。そこで、これからはスタートアップの企業にも積極的に投資していこうということになり、実際にいくつかの会社には資本や人を送り込んでいる。ここで必要になってくるのは、実際に事業を立ち上げることができる人材、CEOになれる人材です。いってみれば、従来の戦略グループが求めていたものと違う能力をもった人材が早急に必要なのです」というようなことでした。

ここでおもしろいと思ったのは、優秀な戦略コンサルタントが優秀な経営者になり得るとわけではないといったことを結構、正直にコンサルティングファームの人間が口に出していることです。まあ、当たり前のことですけどね。

採用に関してですが、年齢のことは話題になりました。やはり、34、35歳の人たちのりクールトするときは非常に慎重になると言っていました(こんなこと言ったら、アメリカだったら訴訟もんですね)。この年齢になると新しいことを吸収する前に古いものを捨て去るのに時間がかかるというのがその理由のようです。本当かどうかはともかく、少なくとも採用する側はそう考えていることがわかりました。

私と同じ年の人が2人いましたが、我々くらいの年齢だと前職の経験がものをいうせいか、上位校の2人でもI-Bankなどは苦戦していると言った話をしていました。10時すぎに終わり、私が家に着いたのは朝の3時すぎ。まずまずの収穫ではありましたが、この忙しい時期に、往復10時間ちかくかけてやることだったんでしょうか?、こういう馬鹿なことをする人間はまず戦略コンサルタントにはいないだろうなと思いながら、眠りについたのでした。

(10年後の自分のツッコミ)

ほんとにいないでしょう(笑) そんな戦略なきこの私が数年後に戦略コンサルタントとして働くことになろうとは思ってもみませんでした。

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2000年11月1日 打ち上げ (10年前の日記)

(次の文章は10年前に私がMBA留学日記としてHPに掲載していたものです。10年前の自分にツッコミをいれるという企画です(笑))

今日でやっとテスト期間が終了しました。結果はともかく(?)、テストが終わったということはめでたいことです。今回、反省すべき点が多々ありますが、最大のものをあげるとするとやはり日々の復習が十分ではなかったということです。

こんなことは当たり前のことですが、やはり当たり前のことを当たり前にやることが一番むずかしいと再認識した次第です。今宵は日本人学生の有志が集まり、大学ちかくのバーで打ち上げが行われました。久し振りにビールをしこたま飲み、テストや学生生活談義に花をさかせました。

2次会はメキシコ料理屋、その後、日本であったら、ラーメンでも食べてカラオケボックスで朝まで歌いまくるといったことになりそうな勢いでしたが、悲しいかなここブルーミントンでは12時をすぎてやっているお店は本当に限られています。ましてや韓国カラオケ屋(一部古い日本の歌謡曲もあるという噂)はすでに閉まっています。若干、消化不良(私だけかも?)のまま、家路についたのでした。

(10年後の自分のツッコミ)

今、期末テストの勉強をやっている息子に、「毎日復習しておけば、こんなことにならないんだぞ!」と言ったりしましたが、この親にしてこの子ありですね(笑)

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2000年10月31日 ハロウィーン (10年前の日記)

(次の文章は10年前に私がMBA留学日記としてHPに掲載していたものです。10年前の自分にツッコミをいれるという企画です(笑))

今日は全米がハロウィーン一色でした。最近では日本でも仮装してパレードをするところもあったりして、おなじみになってきました。そもそもハロウィーンというのは何が起源となっているのでしょうか。まわりのアメリカ人に聞いても「少なくともキリスト教とは関係ないと思うけど、、、」と言うばかりでいまひとつその起源を知っている人がいません。

ちょっと調べてみますと、ケルトが起源となっているようです。ケルトの伝統が根強いアイルランドには、魔女や妖精が登場する祭りが残っていて、それが移民とともにヨーロッパからアメリカへと渡ったのがハロウィーンらしいのです。 ハロウィーンはもともとケルトの聖なる日で、この日はドルイド僧たちが動物や人間を生け贄として捧げ、精霊や死者の幽霊が行き交うとされていました。

幽霊たちは仮装している人間を認識できないので、子供たちを仮装させたともいわれているらしいです。また、子供たちがお菓子を求めて歩くのも、ドルイド僧たちが捧げものを集めて回ったところからきているようです。カトリックは、この根強い聖なる日をキリスト教に取り込もうとし、11月1日をハロー(聖なる)日とし、その前日をイヴ・オヴ・ハローとしました。これがハロウィーンの起源とされているとのことです。

この日は仮装した子供たちが家々を"Trick or Treat?(物をくれなきゃ、いたずらするよ)"といって練り歩きます。我が家でもかみさんと子供が出かけていきました(ちなみに達也にはピーターパンの格好をさせました)。我が家にも何人かの子供達がきました。買っておいたキャンディーやらチョコレートをあげると"Thank you. Happy Halloween!!"と言って嬉しそうに帰っていきました。

(10年後の自分のツッコミ)

あの時、2歳だった達也が今や中1ですからね。10年という歳月を感じます。

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2000年10月30日 お薦めの本 「ビジネスゼミナール 経営財務入門」 (10年前の日記)

(次の文章は10年前に私がMBA留学日記としてHPに掲載していたものです。10年前の自分にツッコミをいれるという企画です(笑))

かみさんと子供が近所のハロウィーンパーティーに仮装して出かけていくのを尻目に私はひたすら机にむかっています。こんなことだったら、毎日ちゃんと復習をしておけばよかったと思うのですが後の祭りです。今日でとりあえず、Critical Thinking、Quants、Financeの試験が終わりました。

毎日一科目ずつの試験とはいえ、たいていの試験が3時間の長丁場ですから、終了したときには疲れきっています。でも折り返し地点を通過しました。あと残るはAccountingとEconomicsの2科目だけです。今回ファイナンスで重宝したのが「ビジネスゼミナール 経営財務入門(日本経済新聞社)」です。

コアのファイナンスの教科書は"Principles of Corporate Finance Brealey & Myers"という超有名な本を使っていますが、経営財務入門はこれを参考に書かれているので内容も共通しているところが多く、ざっと内容を理解するのにはもってこいです。

日本語の参考文献をこちらにもってくるということに関して、賛否両論ありますが、、私はどちらかというと支持派です。内容によっては英語の方が理解しやすく書かれていることもありますが、やはり記憶の定着を図るには日本語がかなしいかな一番です。今回のようにテスト勉強で時間がないときはなおさらでした。ビジネススクールのコアでやるコーポレート・ファイナンスとはこんなもんなんだよ、というのを知るには絶好の本だと思います。

(10年後の自分のツッコミ)

あのときに、「道具としてのファイナンス」があればなぁ(笑)

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2000年10月28日 無題 (10年前の日記)

(次の文章は10年前に私がMBA留学日記としてHPに掲載していたものです。10年前の自分にツッコミをいれるという企画です(笑))

テスト1週間前の週末4日間ボストンに行っていて全然勉強していないというのはさすがに厳しいものがありました。通常の授業ですら余裕のない私ですから、大きくビハインドといった感じです。他の企業派遣の日本人の方々がお互い分らないところを聞きあっている時にも、まったく会話についていけないなど、若干孤独感を味わう場面もありましたが臆せず助けを求めれば、みなさん優しく手を差し伸べてくださいます。

それにしても、こうしてテスト勉強をすると思うのは、本当にみなさん頭がいいんだということです。根本的な理解力の差を感じずにはいられません。まあ、みなさん日本の有名一流大学を卒業して会社で選ばれて来ているんですから当然と言えば当然ですね。よく、会社派遣と私費では会社派遣の人の方がビジネススクールに合格しやすいなんて話があります。

その理由として、_饉劼涼罎砲魯咼献優好好ールに多額の寄付をしており、そのコネがあるため、△い泙泙任笋辰討たことと将来やりたことが同じ会社内で首尾一貫していることからエッセイが書きやすい、F本の一流企業で選抜された人たちなのでビジネススクールもそういった目でみる等々がまことしやかに予備校とかで噂されていたりしました。

でも、企業派遣の人たちの方が相対的に優秀な人が多いのが原因なんではないかと私なんかは思ったりするのです。学校側は企業派遣であろうが、私費であろうがあまり気にしていないのではないかと思います。

ところで、GMATの点数と入学後の成績には相関関係があるといいますが(だからこそ、各大学がGMAT受験を必須条件としているんでしょう)、今年の日本人の平均は余裕で700を超えているでしょう。今年の日本人の最高点は740だか750です(私と実に100点も違う!!)。よく、ビジネススクールのランキングにGMATの平均点がありますが、その平均点は日本人にはあてはまりませんので注意が必要です。実はまだ、試験中でした。ここらで今日のところは失礼します。

(10年後の自分のツッコミ)

確かに皆さん優秀だった。んでもって、私の同級生は今やそれぞれの会社で要職についています。まあ、転職しちゃった人もいますけど(笑)

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